お知らせ

アイヌと長万部、そして湾宝

長万部町は、北海道の南側にある町で、南北に伸びた細長い形をしています。

長万部町とアイヌは、とっても古くから関わりがあり、寛文9年(1669年)アイヌのおさシャクシャインと松前藩がクンヌイ川をはさんでの最大の激戦地となった場所でもある。古くからコタン(集落)があり、大正元年には町内にて熊祭りの観覧会を行う等、昭和初期までコタンがありました。また、「長万部(オシャマンぺ=鰈のいる所)」「静狩(シリトカリ=行き止まり)」「国縫(クンネイ=黒い所)」「紋別(モペッ=静かな所) 」「ルコツ(ルコッチ=沢の道)」など、アイヌ語が由来の地名も多く残されています。

アイヌの人たちは、夜になると「ラッコチャ」と呼ばれる、ミツマタの木にホタテの貝殻を乗せ、魚から採れる油に火を灯すランプを使って生活していました。

アイヌの人たちは、ホタテを上手く使い生活してきた歴史があり、自然と共に生き、大切にするアイヌの人たちの生き方の中には、こうしたホタテとの関わりがあります。

長万部町では、代々ホタテ漁師をしているアイヌの人たちが多く、その数は、町のホタテ漁師の約半数を占めています。

そんなホタテ貝が2016年頃より大量に死んでしまう事態となり、2019年には水揚量が1万トンを割るまで激減。 原因解明を行って来たが未だわかっていません。

出荷量が激減する中で、漁業者は養殖の方法を変えるなど試行錯誤の上、噴火湾でも真っ先に生産量の復活を成し遂げました。 復活の一番の要因としては、人間優先の作業からほたて貝の気持になって作業を行った事が大きいと言われています。

長万部のほたて貝は海面にロープを張る垂下式という方法で養殖し、海面近くの豊富なプランクトンを1枚1枚たっぷり吸収し、更に太陽の光を浴びて育つため、貝柱は厚くて甘く、アミノ酸・タウリン・グリコーゲンなどの栄養素がたっぷりです。

また、地まきと違い貝が砂を噛んでしまうことがなく「砂抜き」の必要もない為、水揚げ後すぐ食べる事ができます。

突然の大量斃死から、沢山の人の努力で復活したホタテは、長万部町民みんなの想いを乗せ、

噴火湾の宝と書いて「湾宝(わんぽう)」と名付けられました。

一覧に戻る